自分を改善したいという欲求は多くの人が持っているでしょう。
学生の内から競争社会にもまれ、大人になって急に改善をやめるというのは難しいものです。
しかも、「LIFE SHIFT」などの書籍では、現代では勉強を続けることこそが最も重要なスキルとまで言われています。
そこで市場として大きくなっているのが「自己啓発書」というわけです。
今に始まった話ではなく、古今東西の人間の欲に答えてくれているのが自己啓発市場というわけです。
おそらく現代で最も注目されているのは、科学的な自己啓発でしょう。論文や研究データをベースに統計的に優位なものを集めて、それをもとに生活を改善するというものです。
一方で、歴史的に受け継がれてきた教えというのも注目される分野です。偉人の伝記や孫氏の兵法、ストア派哲学は今でも書籍が出続けています。
さて、これだけ長い歴史の教えが蓄積されているわけですが、全て違った話なのでしょうか?
おそらく統一的な知見を話していて、ざっくりとした話で分けれないのでしょうか?
今回は自己啓発本を主流に沿って分野分けしている「自己啓発の教科書」という書籍を参考に有名な自己啓発書を見ていきましょう。
自分を知る
かつてソクラテスが無知の知を説いたように、人は自分が無知であることに気が付かない生き物です。
哲学では学ぶこと全体に対して知の重要性が説かれたわけですが、ジャンルが細分化されていく毎に心理学の分野に分けられていきます。
そして生まれたのが、ユングの深層心理学やフロイトの精神分析です。これらは人の行動や思想の根底には未知の自分があるという前提があり、自分を知ることの重要性が際立ちます。
現代では、BIG5や16分類などのパーソナリティテストがそれに当たるでしょう。
BIG5は多くの研究で使用されているデータであるため、人間の性格分類としてはわかりやすいです。自分の性格を分類し、社会で生きるうえでどんなメリットやデメリットがあるのかを事前に知ることもできます。さらには性格を改善するための習慣すらも提供してくれます。
ただし、使い方を間違ってはいけません。あくまでこれらの心理分析は普段の人前での態度を示しているにすぎません。本来多数のペルソナを持つ人間の心を一つの結果で表すのは、まだまだ難しいことを忘れてはなりません。
自制する
ギリシャ哲学でよく出てくるストア派哲学は、ストイックの語源になっているように自制を重視する哲学です。
厳密にはストイックと本来のストア派は異なるものであり、ストア派哲学は論理や科学の知識を蓄えたうえで己の倫理観に従おうというものです。ストイックな摂生よりも、自分の欲求を満たせる方法を理性的に考えようというものです。
衝動や感情にとらわれないという考え方は現代の科学にも続いています。その代表がCBT(認知行動療法)でしょう。CBTでは自動思考と呼ばれる思考の偏りを理性で解きほぐすことで、存在しない思い込みの苦しみから逃れようとします。
ストア派哲学とCBTで共通する考え方は、感情を切り離すことでラクになるという考え方です。
このような心のコントロールは仏教など宗教でも盛んですし、今ではCBTの後継にもなりつつあるスキーマ療法でも主軸になっています。(スキーマ療法は昔植え付けられた自動思考を探るというものです)
マイナスをなくすのがCBTなら、プラスを増やすのがポジティブ心理学です。人間は一見幸せそうなものと本当に自分が満足できる行動の見分けがつかないので、無駄なものにお金や時間を使ってしまいます。ポジティブ心理学では、統計的に満足度の高い行動や個人が満足できる行動を増やしていくことで気分を高めます。
実際に幸福な人ほど成功しやすいという研究もあり、心をコントロールできたら成功もついてくるわけです。
自制というと気合で強制的に行動を変えることを想像しますが、多くの自己啓発では緩やかな変化を好みます。イメージに反して、自己啓発市場ではスパルタは好まれないのです。
手放す
何か新しいチャンスをつかむためには環境を変えなければいけません。そのためには、今の生活を手放す必要があります。
成功論では断捨離や人付き合いを手放すことが推奨され、新しい環境に飛び込む構えとします。
また、物質的な物だけではなく、精神的な部分も断捨離の対象となります。
例えば、ルソーの社会契約論では「人は本来自由なのに社会によって競争的な苦しみが生まれている」といったような内容が書かれています。精神的な枷をぶっ壊すというのは、自己啓発の王道として「チーズはどこに消えた」などでも使われる定番のメッセージです。
また、競争や成功を手放して心地よく生きるというのも一つの王道でしょう。
老子は儒教の対極の教えを説いており、あるがままで努力をしないことを推奨しています。仏教も無我の境地にたどり着くために全てを手放す修行を行います。キリスト教も、欲を手放すことで「隣人を愛せ」という本質にたどり着こうとしています。
禁欲主義は欲を欠いているように見えますが、実際のところは人間の満足はお金で満たされるものではないということを説いているにすぎません。社会的な成功すらも捨てるその姿勢は、王道の自己啓発とは一味違った路線を進んでいることは確かです。
善良になる
ソクラテスの「善く生きる」に始まり、ストア派哲学では自分の核となる倫理観に従うことが推奨されてきました。
これが時代とともにマニュアル化して統一的な教えになったのが、儒教やキリスト教です。
儒教では徳の高い行動を重んじるというもので、上下関係にも厳しいため、社会的な振る舞いの規則としては非常に有効でした。キリスト教も、欲を抑えて周りと共存する姿勢が社会的に振る舞う上で有効であり、現在まで信者が多い宗教です。
現代で人気の出た「嫌われる勇気」の参考となっているアドラー心理学も最終ゴールは「共同体感覚」としており、自分に注意を向けるよりも社会に関心を持つことが大事と言っています。
善良とはつまり、周りの人とWinWinを作るということです。役割分担という意味でも人間関係は大事です。ただそれよりも、結局のところ人間はどこまで行っても社会的な生き物なので、誰かに優しくされると実際の行為以上に幸福を感じる生き物なのでしょう。
謙虚になる
謙虚さも美徳の一つです。何かから学ぶという時点で謙虚さの表れなので、全てが当てはまるといえば終わりですが、謙虚さにも色々あります。
例えば、動物に学ぶ行動は一大テーマでしょう。特に知性の高いオオカミや犬、一方で自由な猫等が参考にされることが多いです。著者側はマネージャや経営者などが多いため、謙虚さを説くことは教えであると同時にイメージ向上になるのも商業的な狙いがあるのかもしれません。
シンプルに生きる
手放すことと一緒に注目されるのが、シンプルさです。
禁欲的な宗教や哲学は手放した後に何も追加しないことでシンプルな生活を行います。現代でいうと、FIREやミニマリズムがそれに当たるでしょう。最小限の状態にすることで失う不安や恐怖から解き放たれることが大きな狙いです。
高齢まで生きられるようになった現代では、将来の不安が昔の比ではありません。人間は変化を怖がる生き物なので、変化に耐えられるだけの余裕を持つことは何よりも安心材料になります。
本来は高齢になって自己効力感が高まってから得られる自信を一足早く手に入れられるため、幸福度も高まるわけです。
スマホの中毒性も一つの恐怖の対象となっているため、デジタルデトックスも注目されています。ミニマリズムは世の中の流れから少し離れるので、現代の歪みに気づきやすくなるのかもしれませんね。
やりぬく
努力は成功に必須でしょう。GRITはきつい状況でやり抜く力のことで、軍隊の調査結果からGRITと成功の相関が確認されています。
努力をやるためには、努力によって成功できることを信じないといけません。その心構えが、成長型マインドセットです。成長マインドセットを持っている人のほうが、固定型マインドセットよりも成果が出やすいことがわかっています。
厳しい状況を耐えることが美徳というわけではなく、地味なことをただ続けることが意外と重要だったりします。「七つの習慣」はその名の通り、教えを習慣化して身に着けさせます。習慣系の本が多いのは、生活へのインパクトが何よりも大きいからでしょう。
努力とは忍耐のことではなく、小さなことを毎日続ける能力なのです。
おわりに
今回は自己啓発のジャンルについてザックリ分けて紹介しました。参考にした「自己啓発の教科書」ではもう少し章が多いですが、ここではかなり省略しています。
多くの自己啓発本が世の中にありますが、本質はかなり限られます。自分に足りない部分を習慣によって一つずつ埋めていくことが成功への道筋なのです。
また、自己啓発は社会的成功だけを追い求めるわけではありません。精神的な幸福がない状態では成功とは言えません。
現代ではCBTやマインドフルネスといった科学的な技術が王道となっていますが、元をたどれば古来の教えです。科学と教えは表裏一体であり、検証されたものが科学と呼ばれるだけなのです。
これからも、古来の教えが科学に変わる瞬間を我々は見守ることになるのでしょうか。
参考:自己啓発の教科書