今回はミクロな現象を解析するための分子動力学について説明します。
ミクロな解析手法としては、大きく分けて分子動力学法とモンテカルロ法があります。
- 分子動力学法:分子集団の運動方程式から軌跡を求める
- モンテカルロ法:統計力学により計算する
それぞれについてさらに詳しく見ていきましょう。
分子動力学法とモンテカルロ法
分子動力学法
分子の軌跡から、シミュレーションによって物理量・統計力学関数・熱力学関数を得ることができる手法です。
ほとんどの場合は古典的な運動方程式(いわゆるニュートン力学)で計算できますが、条件によっては量子力学に基づいた計算が必要になります。
その場合は、量子効果・分子振動・電子状態などを考慮することになります。
モンテカルロ法
原子の集団をボルツマン分布に従う確率で発生させて、アンサンブル平均から性質を解析する手法です。
モンテカルロ法では分子動力学法のように動的な解析を行うわけではありません。そのため、静的なエネルギー平衡状態に基づく解析結果しか得られないという特徴があります。
影響範囲
現在の計算機の能力では、計算できる分子には限りがあります。
そのため、分子シミュレーションを行う際には、周期境界により区切った狭い範囲を解析対象とします。
そのため、本来は無限遠にも微小の影響が発生するはずですが、計算上では影響範囲を設定することで計算量を抑えます。
このように相互作用の力(粒子のポテンシャル力)を限定することをポテンシャルカットといい、影響する範囲を影響範囲といいます。
単原子と多原子
単原子と多原子では計算し易さが大きく異なります。
単原子分子
粒子を質点として、等方的な力を与えるだけで良いです。そのため、多原子分子よりも計算が圧倒的に容易です。
アルゴンなどの原子が含まれます。
多原子分子
多原子分子は、ねじれ運動を含まない分子とねじれ運動を含む分子に分けられます。
ねじれ運動を含まない分子は例えば水分子や二酸化炭素が挙げられ、ねじれ運動を含む分子は飽和炭化水素や高級アルコールが含まれます。
ねじれ運動がない場合は、並列と回転だけを行う剛体回転子モデルを用いて解析できます。
ねじれ運動がある場合は、ねじれを簡易的に計算できるモデルが良く用いられます。
伸縮と変角振動を固定してバネ結合を行うことで、拘束を与えます。これにより、ねじれ運動だけを行う分子を計算することができるようになります。
粗視化モデル
分子動力学法ではミクロな領域の計算を対象とするため、実用からは遠くなる傾向にあります。
我々がほしい情報としては素材の性質であるため、ミクロな現象より、もう少しマクロな現象を扱いたい場合が多々あります。
高機能性を持たせるためには、プラスチックなどの高分子がよく利用されるため、分子動力学では計算できない範囲を扱うことにもなります。
そのような場合には、粗視化モデルを用いることで適度にスケールの大きい対象を計算することができるようなります。
粗視化モデルでは、分子の塊を一つの粒子として定義することで、一般的な分子動力学よりも数百倍程度のスケールを対象とした解析が可能になります。
これによって高分子を対象とすることができ、計算結果を高機能材料の開発に応用しやすくなります。
一方で粗視化をする際にはパラメータ設定が非常に難しくなり、ミクロなシミュレーションも合わせて行うことでパラメータ設定が行われていたりします。
分子動力学の手順
最後に、分子動力学の計算手順について説明します。
1. 初期設定
十分多い粒子を用意します。
最終的には平衡状態になるまで計算を進めるため、ランダム配置もしくは平衡状態に近付きやすい配置にするのが一般的です。
分子シミュレーション平衡状態に近い配置にすることで
2. 相互作用
ここが分子動力学において相互作用の計算がもっとも重要な部分です。
最もポピュラーなポテンシャルエネルギーはレナードジョーンズポテンシャルです。
レナード・ジョーンズポテンシャルでは、ポテンシャル$\phi$は下記で表されます。
$$ \phi(r) = \varepsilon ( (\frac{\sigma}{r})^{12} – 2(\frac{\sigma}{r})^6)$$
ここで、$\varepsilon$は結合エネルギー、$\sigma$は長さに関するパラメータ、$r$は原子間距離です。
第一項は斥力、第二項は引力を表しており、引力はファンデルワールス引力と呼ばれ、電子雲による遠距離の力です。
指数の6や12は計算のしやすさで決定されたという背景があります。
多体相互作用が必要な場合は、それに適した別のモデルを選びます。
3. 統計アンサンブルを選ぶ
統計アンサンブルを選ぶことで、必要な物性値を得ることができます。
統計アンサンブルには下記のような種類があります。
- 等温等圧アンサンブル:圧力Pと温度Tを一定にする
- カノニカルアンサンブル:体積Vと温度Tを一定にする
- ミクロカノニカルアンサンブル:体積Vと全エネルギーEを一定にする
おわりに
今回は分子動力学法の基本について説明しました。
モンテカルロ法と比べて、分子動力学法は動的な動きを見れることが特徴となります。一方で、動的な計算をすることで負荷が高くなり、大規模な計算リソースが必要となります。
それに伴い、ポテンシャルエネルギーの工夫やカットオフ、粗視化などの工夫が用いられます。
分子動力学は計算科学の発達と共に進んでいる分野のため、周辺的な計算テクニックも伴います。そのため、化学的な知識と計算化学の知識が必要になります。
学ぶ内容は多いですが、その分いろいろな計算に適用できるポテンシャルがあります。
本サイトでも色々分子動力学を扱った記事を出しているため、そちらもご覧いただければと思います。