今回は粗視化分子動力学法と全原子分子動力学法の違いと特徴について説明します。
全原子分子動力学法(以下、全原子MD)では、ミクロな空間を計算対象とするため、実際に見たい現象と計算対象のスケールが大きく離れてしまうことが多々あります。
それを補うために、一般的には粗視化分子動力学法(以下、粗視化MD)と呼ばれる解析が用いられます。
粗視化MDでは、いくつかの原子のまとまりを1つの粒子として模擬し、考慮する力も簡易的なモデルとすることで大規模な解析を可能にします。
粗視化MDを用いることで、高分子のシミュレーションが可能となります。ただし、粗視化MDだけでできることはさほど多くありません。
ここでは、全原子MDと粗視化MDの使い分けについて説明します。
全原子分子動力学法(全原子MD)で得られる情報
まずは全原子MDについて説明します。
全原子MDでは、結晶などの均一状態を対象として計算することになり、それによって以下の情報が得られます。
- 密度、膨張係数
- ガラス転移
- 凝集エネルギー、溶解度パラメータ
- 固体弾性率
密度、膨張係数
定常状態における密度計算は、全原子MDで一般的に求められる物性値です。
ガラス転移
膨張係数の転移点により、ガラス転移温度の予測が可能です。
凝集エネルギー、溶解度パラメータ
凝集と孤立状態の差から凝集エネルギー、そして凝集エネルギーから溶解度パラメータを得ることが出来ます。
固体弾性率
時間の影響がない場合は、微小空間にひずみを与えた際のエネルギーと応力の変化から計算できます。
粗視化分子動力学法(粗視化MD)で得られる情報
粗視化モデルを使うことで、時間スケールと空間スケールを大幅に拡張できます。
例えば、粗視化モデルでよく対象となる界面活性剤のミセルは数十nm~1μmなどのサイズになります。さらに、高分子の緩和などのような時間の影響も見れるようになります。
全原子MDでも大規模化すれば、それなりのスケールは計算できます。しかし、分子鎖の絡み合いや温度変化、緩和などの高分子らしい挙動を見るためには粗視化は必須といえます。
粗視化MDでは、以下の情報が得られます。
- 高分子鎖の構造
- 相分離構造
- ゴム弾性
- 溶融粘弾性
- コンポジット材料
- ミセル構造
高分子鎖の構造
実用的なスケールの高分子鎖の構造は粗視化MDでないと得にくい情報です。
相分離構造
粗視化することで、ポリマーの相分離が確認出来ます。
ゴム弾性
高分子の架橋を再現することができれば、多数の高分子から構成される弾性挙動を計算できます。
ゴムの架橋点分子量は数千~数万と言われ、全原子MDでは再現できません。
溶融粘弾性
溶融高分子の絡み合い点分子量も数千~数万と言われており、架橋点よりも短いものの全原子MDでは計算できない規模となっています。
コンポジット材料
高分子に無機物である。粘度などを入れたコンポジット材料は空間スケールを大きく取る必要があるため、粗視化MDが適してます。
ミセル構造
両親媒性分子によるミセル形成は、1つの分子を簡易化したモデルに置き換えて粗視化MDを行って計算されます。
粗視化MDの弱点
最後に、注意点として粗視化MDの弱点についても説明しておきます。
粗視化モデルでは、粒子とバネによって分子を表すため、化学構造を無視することになります。
そのため、結晶構造は無視され、分子の局所的な相互作用はユーザーが与えた一部の要素のみ考慮することになります。
水素結合などの現象も、粗視化時に簡易化した力を与えることになるため、定量的に再現するのは難しいという課題があります。
おわりに
今回は、全原子分子動力学法と粗視化分子動力学法の特徴と得られる情報について説明しました。
粗視化MDは最近急速に進んでおり、知見が溜まってきています。
また、実用的なスケールを対象とした技術であるため、得られる情報の価値は無限大です。全原子MDなどで得られた知見を活かすことで今後もどんどん技術が向上するでしょう。
参考文献:高分子材料シミュレーション OCTA活用事例集