ここでは名著「銃・病原菌・鉄」について、2回に分けて要所要所をわかりやすくくだけた説明で紹介します。
人類史の名著、「銃・病原菌・鉄」について聞いたことがある人は多いでしょう。
元生物学者で地学的な知識まで身につけたジャレド・ダイアモンドが、すべての知識を総動員して先進国と新興国に分かれた原因について掘り下げた書籍です。
ざっくり言ってしませば、「銃・病原菌・鉄」によってヨーロッパが世界を統治することになった!という話なのですが、その理由こそが本編です。
食料生産、家畜化、冶金など様々な要因が絡み合っており、サピエンス全史のように一筋縄では行かない本書ですが、ここでは本筋がわかりやすいようにざっくり解説したいと思います。
本書の言葉を借りれば、「銃・病原菌・鉄」はヨーロッパが支配した直接的な要因でしかなく、ここで説明するのはその究極的な要因です。つまり、文明が発展する前まで遡って考える必要があります。
農耕
ニューギニア人がヨーロッパ人に支配されたことについて、様々な意見があります。
そこでよく言われるのが、各地域間での知性についてです。頭が良いから発展したというのは、直感的にそれらしい理由です。
しかし、ニューギニア人はヨーロッパ人よりも知能に劣るという結果はありません。
むしろ、知能が低いと淘汰されてしまう過酷な環境や、知能への悪影響がない点でニューギニア人のほうが知能が高い可能性のほうが高いことがわかっています。
戦争とは、持つもの(農耕民)が持たざるもの(狩猟採集民)への進行です。
農耕民は格差や集合を作るのに適しており、余剰により軍隊を作ることができたというわけです。
その結果として、農耕が銃、病原菌への免疫力を作り出すこととなりました。つまり、環境とそれに応じるための仕組みこそが軍事力の差を作り出したわけです。
狩猟採集民から農耕民への変化は、当然個人の意志によるものではありませんし、グラデーションがあります。
農耕は生活の安定のために好まれはしましたが、生産性が低いなら移行する理由はありません。実際のところ、農耕しやすい種子は突然変異で出来たものであり、たまたま上手く突然変異したものが農耕として使われることになりました。
家畜
ニューギニアなどで家畜化が始まらなかったのは、野生種が取れたからではありません。
一般的な野生種は家畜に適しておらず、育てるのは至難の業でした。つまり、環境よりも家畜に適した種が手に入ることこそが重要なのです。実際のところ、家畜の文化がなくても、家畜種が伝来するとすぐに家畜化が始まることがわかっています。
ただし、家畜化は温厚な動物であれば良いというわけではありません。家畜化するかは、下記で示す全ての条件が揃うかどうかで決まります。
- すぐ育つこと(ゾウは育つのが遅いので、野生種を調教することが多い)
- 草食か雑食であること(犬は雑食なので、残飯でも生きられる)
- 人前でセックスをする(チーターは除外)
- 温厚である(ヒグマやグリズリーやアフリカスイギュウやカバはすぐ大きくなるが、獰猛である)
- 神経質でない(ガゼルはパニックで走り回って柵に激突しまくるので家畜に向かない)
- 群れを作る(猫やフェレットはペットとして飼われたが、レイヨーは繁殖期に群れから離れて争うため家畜に向かない)
これだけの条件がないと家畜化は始まりません。農耕は環境要因の影響も大きいですが、家畜化は運が大きく関わっているといっても過言ではないでしょう。
土地の形
農作のためには土地の形も重要です。
東西に広がった土地は日照時間や気候が似ているので、家畜や農作物が伝搬しやすいという特徴があるからです。
これにより、自分の土地で作物に適した突然変異種が見つからなくても、周りの地域から貰ってくることができます。
これにより、ユーラシア大陸は非常に速い速度で農作が伝搬することとなります。逆に、アフリカ大陸や南アメリカ大陸では農作の伝搬は遅いです。
さらに、間に砂漠など農耕地帯がない場合は伝達に時間がかかります。そのため、南アフリカや南米などで浸透するには果てしない時間がかかることとなります。メキシコまで伝わった作物も、緯度が異なる南アメリカの環境には適さず、伝わることはありませんでした。
文明も農耕と同様です。車輪やアルファベット文字などもヨーロッパではすぐに伝わりましたが、南北には伝わりませんでした。環境や地形(山岳があると特に伝わりにくい)の影響で、特に南北に伝わるのは難しいからです。
実は車輪などの文明は農作のために使われていました。狩猟採集民では多くの荷物を持たないほうが移動がしやすいため、簡易的な道具に留めておくのです。
さらに、狩猟採集民はグループの人数が少ないため、工業的に発展するための余剰労働力も得られませんでした。
以上のことから、農作が伝わっていない地域では技術も発展しないという結果となったのです。
タイトルの銃や鉄というのは、農業の影響を大きく受けていることがわかります。
病原菌
工業発展と農業が密接に結びついていることがわかったので、あとは病原菌について考えましょう。
まず、多くの病原菌は家畜から感染します。
それは家畜との性行為も原因に含まれます。昔の病原菌は今よりもはるかに恐ろしいもので、その地域の人口の何割かが死亡することもありました。
実のところ、昔は戦争よりも病原菌のほうが脅威でした。
戦死よりも戦場での病原菌による死亡のほうが多く、武力の大きさよりも相手に病原菌を感染させたほうが勝つことも多かったです。
このため、有名なエピソードとして侵略したい民族に病原菌のついた布を送るという戦略が成り立ったのです。
さらに文明が進んで農耕や都市化が広まることで、水源汚染やげっ歯類の繁殖により感染症が広まりやすい環境ができてしまいました。我々は集団化によるメリットと同時にデメリットも受け入れることになったのです。
技術革新
最も基本的な技術といえば、文字でしょう。文字を作ることで、集団の協力が容易になります。
文字を作るためには、既にある音声と文字を組み合わせることが必要となります。
実際にシュメール人は、楔形文字から表音記号に移行していったという歴史があります。このように、既存の文字体系に追従する形で文字は発明されていきました。
ここからは更に高度な工業的な技術について考えましょう。
タイトルに戻ると、なぜヨーロッパの技術が発展したのか?には疑問が残ります。
ヨーロッパから侵略があった国も、一度は軍事技術を見ているはずですが、それを真似することはありませんでした。
なぜアボリジニやアメリカは弓矢を見ても真似しなかったのかの答えとして、保守的な考えがまん延していたと推測されています。
また、必要は発明の母と言われますが、実は技術革新の多くは無駄と思われた技術から生まれています。
蓄音機は音楽を流さず商業的な価値もないと言われていましたし、トラックも当初は汽車や馬で十分と思われていました。ただ、トラックは戦争で物資を運ぶのに使われてから、その応用として運送で使われるようになりました。
他にも、タイプライターも蒸気機関も初めは使われませんでした。蒸気機関が使われるようになったのは、既にあったワットが発明を改良したからです。つまり、技術は天才による発明でなく試行錯誤の繰り返しにより生まれることとなります。
では、発明が受け入れられる条件とは何でしょうか?
家畜と同様に、発明が受け入れられるためには下記のような条件がすべて揃っている必要があります。
- 有用性が認められている(エジプトでは車輪が発明されてても使われなかった)
- 社会的ステータスが認められている(漢字など)
- 移行の容易さがある(半導体はアメリカで作られたのにアメリカ企業は真空管にこだわった)
さらに言えば、下記の要因があると技術革新のあと押しになります。
- 寿命の長さが長い(恩恵を受けられる)
- 奴隷が高い
- 資本主義的(成功が自分に返ってくる)
- 古典を重要視しすぎない(中国は古典重視)
このように、技術革新が起こるのは単純な仕組みではありません。さらに言えば、技術は組み合わせであり、使用者が多いことが重要です。
印刷はどちらも備えていたので、急速に広がりました。使用者の多さは街の密集と関連します。
そのため、食料生産が多く、人が多く、競合する地域が多いと発明がすぐに伝播するため技術が進歩しやすいです。
例えば、ユーラシア大陸はオーストラリア大陸に比べて数百倍の人口があります。ヨーロッパもアジアも密集した地域で技術を競い合ってきました。
一方で、南アメリカ、アフリカは人口が少なく、隣接地域と争う必要がありませんでした。その結果、技術発展のあと押しが弱かったのです。
おわりに
今回は重・病原菌・鉄について解説しました。
特に農耕や家畜により集団化ができ、それが技術革新に繋がります。
また集団化と家畜によって病原菌を経験し、戦争にも強い国が出来上がります。
つまり、全ては農耕と家畜という良い種を当てるギャンブルを経験し、さらに環境が適した民族が支配することになったというわけです。
地学的な知識と生物に知識のあるジャレド・ダイアモンドだからこそ説明できる本書ですが、これだけではありません。
次回はさらに宗教・技術革新やそれぞれの国について深掘りしていきましょう。
参考:銃・病原菌・鉄 上 下