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固有値分解の基礎理論

固有値分解(eigenvalue decomposition)は、線形代数において重要な概念であり、行列の特性を理解するための強力な手法です。本記事では、固有値分解の基礎理論に焦点を当て、固有値や固有ベクトルの意味、関連する数式を丁寧に解説します。特に物理現象との関連に注目し、初心者でも理解できるように説明していきます。

1. 固有値と固有ベクトルの定義

まず、固有値(eigenvalue)と固有ベクトル(eigenvector)の定義から始めます。行列 $A$ に対して、非ゼロベクトル $\mathbf{v}$ とスカラー(実数や複素数) $\lambda$ が存在し、次の式を満たすとき、$\mathbf{v}$ を行列 $A$ の固有ベクトル、$\lambda$ を対応する固有値と呼びます。

$$
A\mathbf{v} = \lambda \mathbf{v}
$$

ここで、$A$ は $n \times n$ の正方行列、$\mathbf{v}$ は $n$ 次元のベクトル、$\lambda$ はスカラーです。この式は、行列 $A$ がベクトル $\mathbf{v}$ に作用した結果が、単に $\mathbf{v}$ をスカラー $\lambda$ でスケールしたものに過ぎないことを示しています。

1.1 固有値の物理的意味

固有値は、物理的な系の固有振動数やエネルギーレベルなど、さまざまな物理現象に対応します。例えば、振動する系では、固有値が系の固有振動数を表し、固有ベクトルが振動モードを示します。これは、振動の解析や量子力学におけるエネルギー準位の計算において重要な役割を果たします。

1.2 固有ベクトルの特性

固有ベクトルは、行列がそのベクトル方向に沿ってどのように伸縮または回転するかを示します。固有ベクトルが指し示す方向は、行列がそのベクトルを「固定する」方向であり、固有ベクトルに沿った変換は単純なスケール変換に過ぎません。

2. 固有値方程式

固有値と固有ベクトルを求めるためには、固有値方程式を解く必要があります。固有値方程式は、次のようにして導かれます。

$$
(A – \lambda I)\mathbf{v} = 0
$$

ここで、$I$ は $n \times n$ の単位行列です。この式が非自明な解($\mathbf{v} \neq \mathbf{0}$)を持つためには、行列 $A – \lambda I$ の行列式がゼロである必要があります。すなわち、次の式を解くことによって固有値 $\lambda$ が求められます。

$$
\det(A – \lambda I) = 0
$$

これを固有方程式と呼び、$\lambda$ の値を求めることが、固有値問題の中心的な課題となります。

2.1 行列式と固有方程式

行列 $A$ の固有方程式は、$n$ 次の多項式となり、その根が固有値です。この多項式は一般に、次のように表されます。

$$
\lambda^n + c_{n-1}\lambda^{n-1} + \dots + c_1\lambda + c_0 = 0
$$

ここで、係数 $c_i$ は行列 $A$ の成分に依存します。この多項式を解くことで、$n$ 個の固有値 $\lambda_1, \lambda_2, \dots, \lambda_n$ が得られます。

3. 固有値分解

固有値分解とは、行列をその固有値と固有ベクトルを用いて分解する手法です。行列 $A$ が $n$ 個の一次独立な固有ベクトルを持つ場合、$A$ は次のように分解することができます。

$$
A = V \Lambda V^{-1}
$$

ここで、$V$ は $A$ の固有ベクトルを列に持つ行列、$\Lambda$ は対角行列で、その対角成分が $A$ の固有値です。$V^{-1}$ は $V$ の逆行列です。この分解は、行列 $A$ の特性を理解する上で非常に有用です。

3.1 固有値分解の利点

固有値分解を行うことで、行列のべき乗や指数関数などの計算が容易になります。例えば、行列のべき乗 $A^k$ は、固有値分解を用いると次のように計算できます。

$$
A^k = V \Lambda^k V^{-1}
$$

ここで、$\Lambda^k$ は $\Lambda$ の各対角成分を $k$ 乗したものです。同様に、行列の指数関数も固有値分解を用いて簡単に計算できます。

3.2 対称行列の固有値分解

特に、対称行列の場合は固有値分解が簡潔に行えます。対称行列 $A$ は必ず実数の固有値を持ち、さらに固有ベクトルは直交します。つまり、$V$ は直交行列となり、$V^{-1}$ は $V$ の転置行列 $V^\top$ に等しくなります。対称行列の固有値分解は次のように表されます。

$$
A = V \Lambda V^\top
$$

この性質は、物理学や工学の多くの分野で重要な役割を果たします。例えば、構造解析や振動解析において、対称行列の固有値分解は不可欠です。

4. 固有値分解の物理的応用

固有値分解は、さまざまな物理現象の解析において重要です。以下に、いくつかの代表的な応用例を示します。

4.1 振動解析

振動する系では、固有値が固有振動数、固有ベクトルが振動モードを表します。例えば、$n$ 質点系の運動方程式は、次のように表されます。

$$
M \ddot{\mathbf{x}} + K \mathbf{x} = 0
$$

ここで、$M$ は質量行列、$K$ は剛性行列、$\mathbf{x}$ は変位ベクトルです。この方程式を固有値分解することで、固有振動数と振動モードが得られます。具体的には、$K$ を $M^{-1}$ で前処理した後の行列 $M^{-1}K$ の固有値分解を行うことで、これらが求められます。

4.2 量子力学における応用

量子力学では、シュレーディンガー方程式により、系のエネルギー準位(固有値)と対応する波動関数(固有ベクトル)が決まります。特に、ハミルトニアン行列 $H$ の固有値問題を解くことが、系のエネルギー固有値を求める基本的な手法です。

シュレーディンガー方程式は次のように書けます。

$$
H\psi = E\psi
$$

ここで、$H$ はハミルトニアン、$\psi$ は波動関数、$E$ はエネルギー固有値です。この式の形は、固有値問題そのものであり、固有値分解が直接的に適用されます。

5. 数値計算法と固有値問題

固有値分解は理論的に非常に重要ですが、実際には大規模な行列に対する数値計算が必要です。以下では、いくつかの代表的な数値計算法について簡単に説明します。

5.1 ジャコビ法

ジャコビ法(Jacobi method)は、対称行列の固有値と固有ベクトルを求めるための反復法の一つです。これは、行列の対角要素を最大にするために、反復的に2×2の回転行列を適用することで、非対角成分をゼロに近づける手法です。この方法は、対称行列の固有値計算に対して安定かつ収束が保証されており、小さな行列に対しては有効です。

具体的には、$n \times n$ の対称行列 $A$ に対して、$A$ の非対角要素の絶対値が一定の閾値以下になるまで、行列を次のように更新します。

$$
A’ = P^\top A P
$$

ここで、$P$ は2×2回転行列で、非対角要素の中で最大のものを消去するように選ばれます。この過程を繰り返すことで、行列 $A$ は最終的に対角行列に近づき、その対角成分が固有値となります。

5.2 QR分解

QR分解は、一般の正方行列に対して固有値を求めるための標準的な手法です。この方法は、行列 $A$ を直交行列 $Q$ と上三角行列 $R$ に分解することに基づいています。$A$ を次のように分解します。

$$
A = QR
$$

次に、行列 $A$ を $R \times Q$ に置き換えて新しい行列を得ます。

$$
A_1 = RQ
$$

この操作を繰り返すと、行列 $A$ は対角行列に収束し、その対角成分が固有値となります。この手法は、大規模な行列に対しても効率的に固有値を計算することができ、数値解析において広く用いられています。

5.3 パワー法

パワー法(Power method)は、最大固有値とその対応する固有ベクトルを求めるための反復法です。この方法は、次の反復プロセスに基づいています。

  1. 初期ベクトル $\mathbf{x}_0$ を適当に選びます。
  2. 次の反復を行います。
    $$
    \mathbf{x}_{k+1} = \frac{A \mathbf{x}_k}{| A \mathbf{x}_k |}
    $$
  3. このプロセスを収束するまで繰り返します。

この反復が収束すると、$\mathbf{x}_k$ は行列 $A$ の最大固有値に対応する固有ベクトルに近づきます。パワー法は、大規模な疎行列に対して効率的に固有値を計算するのに適しており、特に最大固有値を知りたい場合に有用です。

6. 固有値分解の限界と課題

固有値分解は強力なツールですが、いくつかの限界や課題も存在します。

6.1 複素固有値の取り扱い

実行列が複素数の固有値を持つ場合、固有値分解の結果は複素数になります。複素数の固有値は、物理的な解釈が難しいことがあり、特に物理現象のモデリングにおいて注意が必要です。また、複素固有値を持つ系では、固有ベクトルも複素数となり、これに対応する物理的な解釈が求められます。

6.2 近似と数値誤差

大規模な行列に対する数値計算では、固有値や固有ベクトルの近似計算が必要です。この場合、数値誤差が問題となり、誤差が蓄積して結果に影響を与えることがあります。特に、固有値が非常に近接している場合や、行列が条件数の悪い場合には、計算精度が低下しやすくなります。

6.3 非対称行列の固有値分解

非対称行列に対する固有値分解は、対称行列の場合よりも複雑です。非対称行列の場合、固有値が複素数となることが一般的であり、固有ベクトルも直交しないことがあります。このため、非対称行列の固有値分解にはより高度な手法が必要であり、計算が難しくなることがあります。

7. まとめ

固有値分解は、線形代数の基礎的な概念であり、多くの科学技術分野で重要な役割を果たします。本記事では、固有値と固有ベクトルの定義から始まり、固有値方程式の導出、固有値分解の手法とその応用について詳しく解説しました。

固有値分解の理解は、振動解析や量子力学をはじめとする多くの物理現象を解析する上で不可欠です。また、数値計算法の基本的な知識を持つことで、実際の計算においても有用です。

固有値分解は非常に広範な応用を持ち、その重要性はますます高まっています。特に、科学や工学の分野において、この概念を深く理解することは、現代の技術者や研究者にとって必要不可欠です。